Graduate

1988年版画コース卒業

平井剛

プリンター

  • 経歴

    1964年

    福岡県生まれ

    1988年

    武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業

    1990年

    エディション・ワークスに就職 主に銅版画を担当

    1995年

    主にシルクスクリーンを担当

  • 外部リンク

    http://www.editionworks.jp/

  • Q:版画工房というのはどういうかたちで版画と関わるお仕事ですか?
    A:版画工房にはいわゆる貸し工房のような施設もありますが、私の勤めているエディション・ワークスは常時プリンターがいて専ら商業ベースに乗る版画作品の制作を行う、つまりビジネスとして版画制作を行う工房です。仕事の形態は大きく分けると二通りで、作家、画廊、出版社などの注文に対応する場合と、工房自らが版元となって作家選定、制作から出版、販売までトータルで行う場合があります。
    版画の制作過程についても二種類に大別でき、既にあるタブローなどのイメージを元に版画を作っていくケースと、作家に工房に来ていただいてゼロからオリジナル版画を作り上げていくケースがあります。どちらが良い、悪いということはありませんが、やはり後者のほうがより創造的な作業と言えるかもしれません。
    作家の顔ぶれは、現代美術作家、洋・日本画家、写真家、デザイナー‥、など多様で、普段ご自身では版画制作をされない方が殆どです。そういう方々に版画制作を通じて表現の幅を広げてもらうことが私たちの喜びでもあります。
  • Q:その中で、プリンターというのはどういうことをするのでしょうか?
    A:具体的に言えば二つ、作家や版元の要求に沿って版画作品を仕上げること、それから、出来上がった作品の限定部数を刷ることです。 前者は校正と言って、試し刷りを繰り返しながら版を作っていき最終的に校了を得る作業です。製版や刷りの技術などの他に、最適な材料や技法を選択する知識や感性も必要になります。優れたプリンターは、この校正の作業において単に作家や版元の要求を形にするだけでなく、様々なアイディアを提供して作家の好奇心やインスピレーションを刺激し、校正の現場を活性化させます。作品はあくまで作家の創造物ですが、版画制作にはテクニカルな要素が不可欠で、そういった面でプリンターが作品の成立に深く関わるケースも少なくありません。
    後者は完成した版を使って、「商品」としての版画を決められた枚数分刷っていく作業です。校正と比べて単調な仕事ですが、コンスタントに高い品質を求められる難しい作業でもあります。
  • Q:今まで刷りを担当されたお仕事の中で、印象に残っている作品やアーティストなどを教えてください。
    A:特に挙げるとすれば、辰野登恵子さんと村上隆さんのお二人のアーティストです。
    辰野さんは、私が初めて単独で担当させていただいた作家です。まだまだ未熟だった私の校正はドタバタの連続で、随分ご迷惑をおかけしました。それでも辰野さんは前向きに根気よくお付き合いくださり、結果、質的にも商業的にも成功と言える作品たちを仕上げることが出来ました。その時の銅版画の連作は、今でも大好きな作品の一つです。駆け出しの頃に辰野さんとお仕事ができ、本当に幸運だったと思っています。
    村上隆さんについては、もう十年以上全てのシルクスクリーン版画の校正、刷りを担当させてもらっていて、現在私の仕事の中心になっています。要求される完成度のレベルがとても高く、そのプレッシャーのおかげで随分鍛えられました。今でも常に緊張の連続です。また、技法的な新規性に対する要請も強いので、チャレンジが出来るという意味でもとてもやりがいのある仕事です。村上さんの仕事を通じて多くのことを学んでいます。
    他にももちろん印象深い仕事や作家は少なくないのですが、このお二人に関してはやはり特別で、もしご縁がなかったとしたら今自分がプリンターとしてここにいるかどうかもわかりません。本当に感謝の念で一杯です。
  • Q:プリンターとして活動をされはじめたきっかけを教えてください。
    A:ムサビの版画専攻で同期だった友人が当時エディション・ワークスでアルバイトをしていて、彼女が僕を紹介してくれたのがきっかけです。私は元々強く作家を志向していた訳でもなかったので、大学で覚えた技術を生かして食えるならと大喜びで働き始めたわけです。毎日新鮮な驚きの連続でとても充実していました。そんなわけで、この仕事で食っていきたいと思うのにそう時間はかかりませんでした。
  • Q:ムサビの版画で学ばれていたころの思い出や印象深かったことなどをお聞かせください。
    A:学生時代はバイトと遊びに忙しくしていて、あまり真面目な学生ではありませんでした。申し訳ないですが参考になるようことはあまり‥。ただひとつ、版画コースを選択した時のことでよく覚えているのは「この設備を自由に使えるのか!」と驚いたことですね。高い学費払った挙句授業もあまり出ていないけれど、これでなんとか元を取れるかも! と感じたのをよく覚えています。(笑)
  • Q:今、ムサビで版画を学んでいる後輩の学生、或いは、これから版画を学ぼうとする受験生の皆さんにメッセージをお願いします。
    A:これをご覧なのはやはり作家志望の方が多いのでしょう。自らの感性、価値観を世に問うて、その上それが仕事になればすばらしいことです。アートの世界に足を踏み入れた以上、まず作家を目指して努力することは至極当然のことだと思います。ただ現実的に、作家として人生を送れるのはごく一部の人たちです。才能、努力、強い意志に加え、時にはある種の鈍感さや、また運も必要でしょう。大抵の人はいずれ何らか別の選択をしなければならない。その点で私が何か言えるとすれば、「たとえ作家という職業選択が難しくとも、美術や物づくりに関係した仕事は色々あって、それはそれでいいものですよ」ということでしょうか。作家でなくとも、長く人に愛される「物」に関わる仕事というのは、それだけで人生に何らかの意味を付与してくれます。もしあなたが大学を出た後、作家になることを断念したり、不本意ながら美術の世界を離れることが一時あったとしても、できればアートや物づくりに関わる仕事を諦めないでいてほしいと思います。そういう時、大学レベルで体系的に修得した版画の技術や、友人、恩師、先輩後輩たちのとの繋がりが、あなたと美術を結び付ける大きな力になってくれるはずです。